ママ、死んじゃった。
「レイカへ。 ニーニーのことはよろしくお願いします」
ってメッセージだけ遺して。
そんなの知らない。家を出て三年も経つのに、いまさらって気持ち。
ニーニー引き籠りなんだよね。部屋から出てくる事なんて無くて、ウチが実家にいた時だって何年間も顔も見たことなかった。声すらわからない。
そもそも、都会生活に慣れ親しんだウチからすれば田舎のことなんて記憶のカナタだから。
ママのお葬式はセレモニア辻沢でやった。
慌ただしかったな。ウチの実家は辻沢ってところの旧家で屋号とかあったりするんだけど、ママが1人で切り盛りしてた。
結局喪主誰だったんだろ。おばーちゃんとパパはずいぶん前に死んじゃったし、ニーニーがするわけないしって思って、ワンチャンあるかもって、
『女バスな人にもわかる お葬式の段取り』 ポチってわざわざ持って行ったのに、ウチは祭壇のそばにずっと座らせられてただけ。式次第の喪主挨拶のところには、
「宮木野」
って、なんか仕出し屋さんみたいな名前が載ってて、結局そこはスルーだった。
きっとあれだよカゲモシュとかいう。……カゲムシャか、それは。
うちの田舎は、例えばお葬式のことカゲカクシって言って夜にしかしないとか、よく分かんないシキタリがたくさんあるんだけど、娘のウチにママの顔を拝ませないってのはどうかと思うよね。
で、だれもいなくなった時、棺桶の中覗いたんだけど、中に入ってたのは、
「ひえ! 首なし!!」
ママの首どこ行っちゃったの? てか、これって本当にママなの?
ウチはびっくりしちゃったけど、そういうことがあっても誰も大騒ぎしないんだ。
辻沢だから。
それから参列者のオジサン、オバサン? 知らない人ばっかだった。
あの人たちどっから湧いて出てきた? なんか、埃くさいってのか、土くさいってのか。
嬉しかったのはミワちゃんが来てくれてたこと。
高校の卒業式以来だから3年ぶり? 式場暗くて分かりにくかったけど、お腹おっきかったみたい。女バスの時からおかーさんだったけど本当のおかーさんになるんだね。おめでと。
懐かしいな。ナナミやカリンやセイラ、女バスの皆どうしてるかな。
お葬式が終わった時、司法書士って人に遺産を相続する気があるならば兄上と一年間同居しろって。
ママってばほんとうざい。遺産ってどれくらい? って聞いたら、
「あなた様には現金分だけで二千万円ご用意があります」
ってから、そっこー実家に帰ることにしたwww。
忌引き明け、セク原課長に辞表たたきつけて勤めてたブラック会社辞めたんだけど、セク原のやつ、あとでコソコソ、訴えないよねだって、ノミの心配性かっての笑。やっと打ち合わせ終わった。しかし、すげーなこの広報のヒト。一人で3時間しゃべり通しだった。最初の印象は、うつむき加減で肌が病的に白くって声もかぼそくて、か弱い女子だと思ったのに、いざ打ち合わせになったらしゃべるわしゃべるわ。女傑って言われるうちの社長がたじたじって、どんだけのバイタリティーだよ。それに比べて横の町長はといえば。ずーと鼻毛抜いてテーブルに並べてやがった。ったく、ここだれが後片付けすんだっての。「ヒビキ、車まわしといてくれる?」「はい、社長」「あ、ヒビキちゃん。キー、これね」 ちゃん呼ばわりすんな。ハナ毛。 廊下、灯り消えてるや。守衛さんうたた寝してる。オツカレサマでーす(小声)。無理もないよ、すでに夜の12時半だもの。で、さすがにこの時間となるとまだ涼しー。夜風が心地いい、稲くさいけど。今、田んぼの中でガサガサって音したね。なんてね、何もいるわけないし。いたとしてもでっかいネズミのヌートリアさんだしょ。 辻沢駅裏からこんな田んぼのまん中の本社移転で唯一うれしかったのが駐車場の広さ。青物市場の旧本社の駐車場は狭くて、社員は離れたところ使わされてた。ここなら全社員の車止めてもまだ余裕がある。 えっと、ノーブルシャイニングホワイトのエクサスはっと。あったあった。てか、もう社長の真っ赤なポルポルとエクサスだけじゃん(あたしのK車は除外)。相変わらずかっこいーねー、エクサスLFAは。V型10気筒DOHCエンジン、日本の公道でこんだけいるかっていうほどのパワーとスピード。インテリアの豪華さやばい。マホガニー調のダッシュボードに黒の総皮張りシートって、これだけであたしの車10台ぐらい買えちゃうんじゃないの?いつかあたしもこんな車に乗れるようになるんだろか。 まずは、キーを真ん中のスペースに置いてステアリング横のボタンを押すとエンジンがかかる。マジ? 激マジ?鼓動を揺さぶるエギゾーストノイズ。エンジン音ずっと聞いていたい。発車オーライ。おっと、アクセル踏み過ぎた。って、わざとー。怖いよ、この底知れぬ馬力。ハンドリング軽い。タイヤ吸いつく。これだったら峠道、楽勝でぶっ飛ばせるね。って、やっば、社長たちもう玄関で待ってる。「じゃあ、社長、三社祭スポンサードの件はよろしくということで」「はいはい。アイデアは町長、お金はうち
それにしても、エクステ、めっちゃかっこいかった。「ヒビキ。あいつ一度、コロしてくれない」「いいんですか? 社長」「じゃんじゃんコロして」「じゃ、遠慮なく。これで、今月二人目になります」「あれ? そうだった? もう一人は誰?」「会長です。うちの引き籠り、ヤッチャってって、先週」「そうだった? でも、あのカスは常時依頼案件だから」「そういえば先々月も頼まれました」「だめじゃなーい。納期守らなきゃ。プロジェクト・リーダー失格だよ。なんてね」「して、ヤツメをコロした報酬は? 殿」「うむ。白いエクサスでどうじゃ」「あの、白いエクサスでございますか?」「悪い話ではなかろうて、近江屋。もともとうちがお金出して買わせたんだったよね、あの車って」「御意」「では、頼んだ。7月末までに納品してね」「御意」「冗談はさておき、もうこんな時間。帰ろ。乗っけて行くよ。乗りたいって言ってたよね、ポルポル」「ホントですか? あー、でも、車置いて帰ると明日メンドーなんで今度にします」「朝、迎えに行ってあげるよ。トール道だし」(それは、アナタのトール道よ)か。女バスの川田先生お元気かな。「どうした? ぼうっとして」 あ、思い出に浸ってしまった。「いえいえめっそーもない。社長にお迎えされるなんてしたら、スカート履き忘れちゃいそうです」「あー、それ知ってる。朝、スカート履くの忘れて電車乗るOLの話でしょ?」「かわいそうですよね。気付いた時のこと考えると」「ふーん。そういう反応なんだ、最近の若い子は。あたしらのころはバカだねーって感じだったけどね。まあ、そもそも論でヒビキはスカート履かないけど」 社長、少し疲れてるのかな。なんだか背中が曲がって見える。「じゃあ、気を付けて帰んなよ。スピード出すな。あんたはうちのホープなんだから」「お疲れ様でした」「あとよろしくね」 ポルポルか、いいな。飛ばすと気持ちいいんだろうな。 カイシャ誰もいない。いつものことだけど。「さ、ちゃっちゃと議事録作って帰ろ」 なんだかんだで、結局2時か、帰るのメンドーになっちゃった。顔洗って寝よ。ありゃりゃ、電動歯ブラシの毛先、広がっちゃってる。替えもなくなったし、お泊りセットそろそろ新しいのと変えなきゃね。あと替えPとかも用意しとかないと。P一枚で二日間はサスガニ。こ
やっぱり、仮眠室のソファーベッドじゃ熟睡できない。このコーヒーまずー。なんだって厚生室の「挽きたてアルカイックコーヒー」はこんなにまずいのかね。目も覚めないっての。ここの厚生室いらないからシャワールームにしてくれないかな。シャワーなら一発で目が覚める。シャワールームは一応あるけど別棟の端の方だし、男子専用みたいになってるから行くの嫌なんだよね。 厚生室ってば、バランスボールとか足裏ツボ踏みボードとか置いてあるけど、なんなの? しかもツーセットも。あんなの使うの社長に怒鳴られた北村シニアマネぐらいしょ。ボールに座って30分はぶーらぶーらしてる。まるで刑期が終わるの待ってるみたいにさ。そっか、なるほどこれこそ真のコーセー室だ。更生室なんてね。うわっ、あたしおやじギャグ言ってるし。オヤジ連に毒されて来てる。やっば。 この部署、企画戦略室って聞こえはいいけど、創業の功労者たちの慰安施設みたいになってる。いるのはおじーちゃんばっかり。会話って言っても、口開けば二言目にはダジャレ、三言目には昔話。やんなるよ。あれ? 社長だ。今日、早いな。「ヒビキ、ちょっといい? 社長室に」 「社長。おはようございます」 「あんた、その頭。また泊まったの?」 なんかなってる? 「寝グセ。後ろはねまくってるよ」 あ、ホントだ。 「あー、こうしてうちがブラックって噂が巷に広まっていくんだな。勘弁してよね。ヒビキは今日は休み。早々に帰宅しなさい」 「え? そうなんですか? さっきの、ちょっといいはどうします?」 「あ、そーだった。じゃ、ちょっとだけ。おい、北村。あとで社長室来いな。今じゃねーよ。あとでって言ったろ。ボケ」 うちの社長室はシンプルだから好きなんだよね。無駄なものが一切置いてない。現代絵画とか、洒落た写真とか、見たこともないような観葉植物とかない。これみよがしに置いてある女性社長の部屋の写真、『プレジネス』に載ってたりするけど、あれは板についてないっていうか、おのぼりさんの記念撮影にしか見えない。似合わねーのにひらひら付いたピンクのおべべ着せられちゃってさ。あんたらさ、そんな余計なもん見向きもしなかったから這い上がれたんじゃねーの、って思う。 「あのね、ヒビキ。これはホントーに秘匿事項だから、口外は無用にしてほしいんだけど」 「
きたきた。社長の気まぐれ絶対命令。期限は社長が次に思い出した時。 「なんであたしなんでしょう?」 釣りに託(かま)けて違うものひっかけたんじゃ。わー、またオヤジみたいなこと考えてる、あたし。 「悪いんだけど」 「でもですね」 会長の浮気なんて社長の眼中にあるわけないな。とすると、ハンカチに付いてるかすれたような赤黒いシミのほうか。 「わたしには手に負えそうにない。だからヒビキに頼んでるわけ。内々に」 会長は社長の鬼門ですもんね。それに、これ以上は断るな光線が出てますよ、社長の目から。よ! は! よけらんない。 「ヒビキ、なにやってる?」 「あ、すみません。その件お受けしますけど、他とバッティングすると」 「あ、それは大丈夫。仕事じゃないから、これは」 って、人はだれしもそうだと思いますけど、一応あたしの時間軸も一本なんですけどね。 「わかりました。でも、少し時間をください」 「もちろんよ。ヒビキがこの企画戦略室のなかで一番忙しいのはよく知ってるつもり」 なら、他の人に振ってくださいませんかねって、無理か。 「じゃあ、日程感は今月中とかっていうのでいいですか?」 「いや、3か月あげる。それまでに解決して頂戴」 なにをですか? とっかかりも見えてないのにいきなり。って言っても無駄なようなので。 「わかりました。3か月のプロジェクトということで。稟議書あげなくていいですかね」 「いいわよ。それでお願いした」 「ドキュメントの提出は、完了届だけということで」 「OK。じゃあ、ヒビキはすぐ帰りなさい。今日はゆっくり休んで、明日からまた頑張ってちょーだい」 「了解です。これ預かりますね」 ばりレディース仕様のガラケー。 「うん、持って行って。返さなくていいよ。終わったら雄蛇ヶ池にでも捨ててね」 「して殿、報酬は?」 「近江屋、おぬしも悪よの。望みを言え」 「では、厚生室をシャワールームに」 「ヨキニハカラエ」 「失礼しました」 「あ、ヒビキ。北村呼んでくれる。どーせ忘れてるから、あのボケ」 北村シニアマネ、カワイソーニ。なんだか社長の水平リーベ棒にされてる感じ。「便利化学社の健康グッズ 『水平リーベ棒』 あなたの乱れたココロを水平に保ちます」 そういえば、子ネコちゃんどうしてるかな。ミルク
例のガラケーの充電コード、古すぎてコンビニとかになかったから、わざわざN市のビックヤマダセンターまで買いに出てきて正解だった。こっちでも在庫2つだったって。ついでに水平リーベ棒も買っちゃった。売れ筋No1だったから。なぜだかアウトドア用品で。7200円もした、こんなものが。シルバーコーティングって、どうせメッキだろ。ボロもーけだな、便利科学社。買ったはいいが、ショージキいらなかった。そうだ、カイシャの厚生室に置いとこ。 あー、ほっこりした。ネコちゃんたちに癒されまくった。N市のこんなとこにネコカフェあったなんて、不意打ちくらった感じ。結局、閉店ギリギリまで過ごしちゃった。やっぱ、マンチカンのコロ助くんが一番かわいかったナリン。ふっわふわで抱っこしたらフニャーってなってさ。ここも買収候補の一つだね。いつかぜってー猫カフェチェーン展開してやる。って、やっべー、こんな時間かよ。早く帰んなきゃ。ってか、車ぶっ飛ばせば、20分でつくし。やることやってからね。 車で充電なんてあたしはあんましないな。会長がスマフォの充電よくしてたけど。ガラケー充電完了っと。起動ボタンは、これか。やっぱりGPS内臓だ。用心しといてよかった。あたしの家、特定されないで済んだ。どれどれ、操作方法いまいちわかんない。スライドさせて、画面表示させてっと。ド☆キンちゃんからの不在着信がいっぱいだ。あれ、ド☆キンちゃんに何か送信しちゃったみたい。メッセージの下書き触っちゃったのか。やばい。さらにやっちゃだめなことしちゃいそーだな。も少し慎重に扱わないと。もう一つの下書は。再生。 「……かわいそうな女の子たちを助けてあげてください。アナタなら、きっとできるはず。なぜなら、アナタは、辻の……ーーーー雑音ーーーーーーピー」 このガラケーって、マジか。でも、これ使えそ。連絡先に名前がある人に片っ端から連絡してみよっか。いや、それは危険すぎか。トリマ、今名前が出た知り合いだけにしておこ。電源落として、よし帰るぞ。 すっ飛ばしてきたからもう雄蛇ヶ池だよ。ん? 今、橋のたもとに泊まってた車、あれ会長のジャガーじゃない。こんな時間にこんなところで何してんだろ。 会長ってば、ほんとにどっか抜けてる。 「ジャガーはね、ボン
今日は週1の義太夫講座の日。別にあたしは介護カウンセラーの資格を持ってるわけじゃないんだけどな。お師匠さんたら、会うタンビに色んな相談してくるんだよね。なんでだろ。 カイシャでおじいちゃんばっかに囲まれて仕事してると、自分が介護士になった気がしてくる時があるんだよね。カンペキな聞き役っての? だからだろな、そーいうニオイを発してしまってるんだよ、あたしは。 「ヒビキさんがいてくれて本当に助かります。あの人ったら、いけない遊びに手を出して、あとに引けなくなってて」 で、手を引かさせてほしいんですよね。社長みたいにコロセだの、始末付けろとか物騒なこと言わないですよね。 「お仕置きしてください」 取りようによっちゃ、それが一番おそろしいんですけど。カイシャのおじいちゃんたちの茶話で耳にしたことあります。針を咥えた按摩さんがコロシを請け負うって時代劇。コロシをお仕置きって言うってのも。まさかね。 「お灸をすえてください」 おっと、次はヤイト屋ですか? って、フツーに聞けば意見してほしい。だよ。おじいちゃん翻訳機能が働きっぱなしで、あたしの頭の中は殺戮の巷だ。もはや介護カウンセラーの資格どころかコロシのライセンスになってる。 社長が一度行ってみろ、なんでも勉強だぞって役場のカルチャーを勧めるから、時間が合いそうな『気軽に始める義太夫講座』っていうのを試しに受講したら逃げらんなくなった。あたししか受講者いないんじゃ、1回きりで終わりになんて出来なくて、5期連続受講者認定されて記念にゴリゴリカードもらう始末。ちなみに辻女の夏服バージョンがプリントしてあるやつだった。母校のだったからめっちゃ嬉しかった。 お師匠さんは宮木野神社の宮司さんの奥さん。昔取ったキネヅカだけで講師認定うけて、開講しちゃったらしい。ずっと同じ台本で三味線ベンベン鳴らして語ってるけど、あたしにはいまだによさがわからない。それに講座時間のうちほとんどが、お師匠さんの身の上相談。これやってちゃ受講者来ないっしょ。 「かなえてくださったら、志野婦神社をヒビキさんに譲って差し上げてもいいですよ」 またまた。お師匠さんたまに変なこと言い出すんだよね。 「あ
辻沢みたいな田舎にこんな素敵なバーがあったなんて。社長から直々に今日終わったら付き合ってって言われて、いつもの駅前の居酒屋かと思ったら、普通なら教えないんだけどって連れて来られた。ん、噛んだらぴりっときた。山椒の実? このカクテル、ブラッディー・ミヤギノって言うんだ。なんでもヴァンパイアに絡めればいいてもんじゃないだろ。 辻沢は宮木野神社の祭神が実はヴァンパイアってくらいそれと縁が深い土地。平家の落ち武者みたいな感じで末裔伝説ってのもある。実際に古い家にはそれを示す特別な屋号があったりするらしいから、まったくの出鱈目といわけでないのは知ってる。だからって町おこしでヴァンパイアって、何なの? それもあのハナゲ町長になってからのこと。 ここに来るとき、社長のポルポル運転させてもらった。やばいの通り越して、すんごかった、あの加速の快感はオトコを凌駕する。って、あたしまだ乙女だけど。 あんな車、夢のまた夢なんだろーけど、やっぱ経験しとくのはいいことだと思う。目標がよりリアルに感じられるから。「どうだった? ポルポル」「やばかったです。ありがとーどざいました」「アクセル踏みこんだとき、いきそーになったでしょ」「社長。それはちょっと」「あれ? ヒビキはこういうのダメな人だった?」「イチオー、乙女ですから」「ふーん。うそばっかり」 で、わざわざポルポルを運転させていただいて、こんなおしゃれなバーにご一緒させていただいたので、そろそろご用件をお聞きしましょうか?「例のさ」 はい、ガラケーの件ですね。「どお?」 ドキュメントは完了届だけって言ったはずなのに。逐一、進捗報告をさせる。仕事はすべて任せてチェックだけはコマメに。完遂するイメージしか持ってない。上等のクライアントだよ、社長は。「ネットワークにアクセスできそうです」「もう? さすがヒビキだね。で、どんな?」「偶然ですけど、学生時分の知り合いの名前が通話履歴に」「おー、それでも大したもんだよ。とっかかりがビジネスの真ん中、ってね」 だれの言葉だろ、シェリル・サンドバック? それとも
「あ、あたし」 社長、どなたにお電話ですか? 「北村、今何してる? そうか。なら、大門前のいつものバーまで私のポルポル取りに来て。うん。そう。わるいな。10時半? 了解。お、そうだ。この間の企画書よかった。うん。お前主導で立ち上げてくれ。じゃあ、あとで」 「北村シニアマネですよね。大丈夫なんですか?」 車とプロジェクトの運転、両方とも。 「うん。大丈夫。あいつ運転は慎重だから。まあ、いっつも怒鳴ってるの見せてるから、あいつのことそんなふうに思うのも仕方ないけど、あいつはあいつでいいところあってね。昔、辻沢不動産をうちの傘下に入れようってた時……」 社長。その話、もう何度も聞きました。辻沢不動産の千福オーナーに3か月張り付いて、うんって言わせた。あいつは泥のように這いつくばって粘り強く仕事する昔ながらのビジネスマン、「二枚腰の北」と呼ばれてたっていう話ですよね。で、創業時一緒に汗したやつは特別とくる流れ。ちょっとうらやましい気がするけど、そこは踏み込んじゃいけない領域ってわきまえてますから。 「二人で3か月間、何してたと思う?」 え? それ初めて聞くな? わかりません。 「芸者遊びだよ」 「3か月間芸者遊びって、お金かかりそうですね」 「いや。一銭もかかんなかったんだ、それが」 全部、向う持ちってこと? 「ごっこ遊びだったんだ。千福と北村が姉妹の芸者って設定で、千福んとこで3か月間」 芸者ごっこって、アタマオカシイ? どっちが? オーナー? 北村さん? 「北村の芸者姿もまんざらじゃなかったって」 北村シニアマネ、見方180度変わった。 北村シニアマネ来た。お疲れ様です(無声)。この人が白粉塗って着物着て踊ってたんだ。3カ月も。20年前はどんなだったか知らないけど、想像するのが恐ろしい。 社長をお店の前でお見送り。 「ヒビキんち、ここから近かったよね。じゃあ、また来週。あっちのほうも期待してるよ」 行っちゃった。ポルポル、もう点になってる。あたしんち、車だと陸橋渡れるからすぐだけど、歩くとなるとソートーかか
「十二時か、Vフェス終了。今回もだめだった」 ひさご出て三人で町をプラプラした。というより、セイラの家に行こうってことになって歩いてた。そしたら、道の向こうから、若い男が走って来て、「おーい、いたぞ!」 って、駅舎で山椒屋のオジサンがやったみたいな格好してる。すり鉢を頭に乗せてスリコギ持って。そしたら脇道からもおんなじよーなのが三人出てきてウチらを取り囲んだ。駅舎で見たときはなんかおかしかったけど、街なかだとあまりのぶっ飛びようにかえって怖い。「ターゲット!」「パツキン。真ん中のヤツ!」 セイラのこと?「いかにもだな」「どこの制服だ? 超レアなんじゃないか?」「おう、俺が見たことないってことは、かなりだ」 制服じゃないっしょ、明らかに。ぽいはぽいけど。「宮木野制服図鑑には載ってないぞ」 本のページ必死にめくってるやつ。「県北女子高御三家でもない」「他県のだろ?」「横の君たち! 今、僕らが助けてあげるから!」「さー、本性を現せ! このヴァンパイア」「バーカ! セイラは人間だよ」「しゃべった? ヴァンパイアが?」 向うがひるんだ瞬間、カリンが、「こんっの、キャベツに代わってお仕置きだ!」 って、キャベツの半キレ、先頭の男にぶん投げた。そのキャベツどこにあった?「いった!」「ちょっと、なにすんの」 スマフォ出した。なんなの? トーサツ?「待った。ピンの場所間違ってないか?」「あ、住所違ってる。ここ青物市場だってジャン」「おいおい、青墓だぞ、今夜の出現場所は」「青しかあってねーし」「マップ担当、しっかりしろよ」「ターゲット誤認。本隊は撤収する!」「「「スレイヤー!」」」「紛らわしいカッコすんな。ブスが!」 カリンが長芋を握りしめてる。だから、それどこに落ちてた?「やっかましー。なめてっとすり潰すぞ! こら!」「「「こえー」」」「先を急ぐぞ。夜は
「十二時か、Vフェス終了。今回もだめだった」 ひさご出て三人で町をプラプラした。というより、セイラの家に行こうってことになって歩いてた。そしたら、道の向こうから、若い男が走って来て、「おーい、いたぞ!」 って、駅舎で山椒屋のオジサンがやったみたいな格好してる。すり鉢を頭に乗せてスリコギ持って。そしたら脇道からもおんなじよーなのが三人出てきてウチらを取り囲んだ。駅舎で見たときはなんかおかしかったけど、街なかだとあまりのぶっ飛びようにかえって怖い。「ターゲット!」「パツキン。真ん中のヤツ!」 セイラのこと?「いかにもだな」「どこの制服だ? 超レアなんじゃないか?」「おう、俺が見たことないってことは、かなりだ」 制服じゃないっしょ、明らかに。ぽいはぽいけど。「宮木野制服図鑑には載ってないぞ」 本のページ必死にめくってるやつ。「県北女子高御三家でもない」「他県のだろ?」「横の君たち! 今、僕らが助けてあげるから!」「さー、本性を現せ! このヴァンパイア」「バーカ! セイラは人間だよ」「しゃべった? ヴァンパイアが?」 向うがひるんだ瞬間、カリンが、「こんっの、キャベツに代わってお仕置きだ!」 って、キャベツの半キレ、先頭の男にぶん投げた。そのキャベツどこにあった?「いった!」「ちょっと、なにすんの」 スマフォ出した。なんなの? トーサツ?「待った。ピンの場所間違ってないか?」「あ、住所違ってる。ここ青物市場だってジャン」「おいおい、青墓だぞ、今夜の出現場所は」「青しかあってねーし」「マップ担当、しっかりしろよ」「ターゲット誤認。本隊は撤収する!」「「「スレイヤー!」」」「紛らわしいカッコすんな。ブスが!」 カリンが長芋を握りしめてる。だから、それどこに落ちてた?「やっかましー。なめてっとすり潰すぞ! こら!」「「「こえー」」」「先を急ぐぞ。夜
おひさー。女バスの子たちとは卒業式以来。みんな元気そーでナニヨリ。ナナミは安定の肩幅だね。あれ? セイラやつれてない? 地元のシステム会社に就職したって聞いたけど、ソッカー。やっぱキビシーよね、実社会は。特に女子にはさ。ミワおかーさんだけだね、輝いてるの。ムセッかえるっての? ムネやけするっつーか。最近トミニ匂いがきっついな、ミワちゃんのそばいくと、くらくらするから離れて座ろ。ゴメンね。何これ?「あ、おとーしになりますー」 ゴマスリセットが? で、なんでみんなしてゴマスリし始めてんの? 席に着くなりゴリゴリゴリって、変じゃね? ナナミがゴリゴリゴリ。「ミワ、まゆまゆ誰に預けてきたの?」「ママ友。気楽に頼める人がいて助かる」「「「それ希少種。レッドデータ、イマドキ」」」「ところでセイラ、なんで金髪にした? 前の黒髪の方があんたらしくてよかったのに」「彼氏でもできたの?」「うん、そんなとこ」「似合ってるよ。セイラ」「ありがと。ミワ」「おまたせー」 カリン来たー。遅かったね。スーツにスラックス。かっこいい。ナナミがゴリゴリゴリ。「おー、カリン」 ミワちゃんが(以下、略)。「遅かったねー」 セイラが(以下、略)。「待ってたー」「仕事がね、たまっちゃってて」 ナナミが(以下、略)。「かせーでるね」「サービスありきっての? よう、レイカ。おひさ」「んっちわ」 みんな思ってたほどじゃなくてよかった。落ち着いてる感じ。やっぱ、四年も経つと忘れてくるのかな。さみしー気もするけど、事件が事件だから、これでいいよね。 エッグノックって初めて飲んだけど、おいしかったな。ミワちゃんがウチの前に次々置いてくれるんでいい気になって5杯も飲んじゃった。酔って寝ちゃったんだ、ウチ。ふわー。あれ? カリンとセイラだけだ。ミワちゃんたちは?「用事済ませて三〇分くらいしたら戻るって」「ナニやってるの、それ」「ゲーム」 すげないね
おもしろい写真見つけた。なるほどね、こーゆーこと。この写真の端に映ってる白い車のお尻のラインは、エクサスLFA。こんな高級車、辻沢あたりに1台だけだよ。これ釣り場じゃないな。森の中? 広場っぽいな。どこだろ。もう一つの写真のほうも森の広場だな。同じ場所? 木の様子が少し違うような。倉庫みたいな建物あるし。別の場所かも。コメントは、「餌場視察」。情報はこれだけか。町長とミミズでも掘るつもりとか? まさかね。「この記事、他の情報ないかな。裏コメントとか」「ちょっと待って。この写真をローカルに保存して。ツール、ツール。これをこいつで開くと、ビンゴ! イグジフファイルだ」「イグジフファイル?」「撮った場所とか時間が埋め込まれてる画像ファイル」 そうか、文字だけが情報じゃないよな。「どうしてわざわざそんなファイルをアップしてんの? この人」「位置情報ONにしてるスマフォとかだと、設定変えないままだと勝手にこのファイル形式で撮影したりすることある」「ってことは」「抽出した緯度・経度をゴリゴリマップで検索して」 作業慣れした感じする。ユサ元々SEだからあたりまえか。「場所が特定できるっと。来た。青墓の杜」 いっつも暗くて陰気臭くて、辻っ子は夜に絶対近寄らない場所。こんなところで何してるんだろ、町長と深夜の2時に。「衛星画像で拡大してみて」 あるね。森の中にちょっと開けた場所。少し離れたところにも広場ある。こっちは広くて建物があるな。行くとしたら、辻沢バイパスから間道入って真っ直ぐ青墓の杜に入って、間道から先はこれじゃ分からないな。行ってみるしかないのかも。一人で行くのは嫌だな。ユサは青墓詳しいけど、一緒に行ってもな。 気付くとカーテンの外が明るくなっていた。朝か。「そろそろ帰るよ」「また来てくれる? ここ一人じゃ広すぎて、なんか嫌なんだ」 そうだね、あたしらのお給料じゃ住めない広さだね。ユサ、頑張り方変えないと。「じゃあね。今度また二人で子ネコちゃんたちに会いに行こう」「うん。でも、こんなことしてたら、あの子たちに怒られちゃうかも」
さっきまでと違い、やたらと暗い画面で静止画像かと思うほど動きがない。でもよく見ていると何かが画面の底で蠢いている。しばらくすると、蠢いていたものがゆっくりと立ち上がり、何かを手にぶら下げながら立ち去って行って動画が終わった。さっきのとこれとの違いは、ウエアラブルカメラの映像と設置カメラの映像であるところだ。暗すぎて細かいことは分かりにくいけれど、画面からは言いようのない背徳感が滲み出している。 「闇の匂いする」 「だよね。だからヒビキに観てもらおうって」 「ユサって広報だったよね。何か知ってるんでしょ」 「知らないの」 「知らないって。それでどうやってこのプロダクトのこと広報してんの?」 「広報の仕事って言っても、ポスターの印刷頼んだり、ユーザ宛てのメールの文書作ったりするだけだもん。だからほとんど蚊帳の外」 なんだ、使えないか。 「これでも頑張ったんだよ。なんとか食い込もうと思って。でもダメだった、ヒビキと違って」 あたしはそうならないように、うんとアタマ働かせてやって来たけどね。 「それでも、他の人が知らない余計なことは知ってる」 聞きたかない。 「だから、この動画アップしたのは、カイチョーって言える」 なに泣いてんだよ。こいつのこういうところが嫌なんだ、ホント。 それから観られるだけ観たけど、どれもこれも同じような動画だった。フィルターがかかってる? 「ヒビキ分かる? カイチョーの投稿にパターンがあるの」 「パターン?」 「うん。短期間のうちに3回あげたら、1、2ヵ月空けてまた短期間で3回あげてる」 タイムラインをhoukeikamenで検索して、日付でソートするとユサが言うとおりのパターンが見て取れた。 「ホントだ。よく気づいたね」 「システムやってると、タイムスタンプにはうるさくなるんだよね」 なるほど、習性ってやつか。 「ユサんところの社長SNSってあるじゃない。あれって見てる?」 「カイチョーの『桜の森の満太郎のつぶやき』? 見てない。一、二度見たけど、許せな
画面はSNSっぽくタイムラインに投稿が並んでる。 「記事中の動画リンクはYSSの 『ゴリゴリ動画』 に飛ぶようになってるんだけど」 ある記事のリンクを踏んで動画に飛ぶと、屋外らしき暗い場所で数人がムジャキにすり鉢かぶってスリコギ振り回してる動画が表示された。フラッシュモブとか、盆踊りとかに見えなくもないけど、中の人たちの必死な顔からそうでないのが分かる。 「この人たち、『スレイヤー・V』に出てくるキャラの名前を口にしてて、それと戦ってるつもりらしいの」 〈カイ・ドラキュラはこれで3体目の討伐です。ヒル人間はミッションレベルが上がるたびに手ごわくなってきます。しかし、わが隊は徹底したタッチアンドアウェー攻撃で対抗しています。ヴァンプオブチキン隊でした〉 〈がんばれー、臆病ヴァンパイア〉〈負けるなー〉〈氏ぬなー〉〈いや、むしろ氏んで来い!〉 「これって、『スレイヤー・V』をリアルにやってるふうなんだよね」 リアルにって『スレイヤー・V』はヴァンパイア狩りのアクションゲームだったはず。するとターゲットはヴァンパイアなんだけど、それらしきものは画面の中には見当たらない。そっかARか。拡張現実ってやつだ。画面に映ったキャラがあたかもそこにいる感じでプレー出来るやつ。スマフォかざしてる風でもないから、グラス系のデバイスかなにか着けてARキャラを見てる? 〈やられました。負傷者多数。我々の裏をかいて横道から数体のカーミラ・アシュ、カイ・ドラキュラが連携して襲ってきました。なんとか討伐しましたが、ヒル人間はかなりの知能を持っているかと。大丈夫か? 肩の傷は深そうだぞ。あ、厚木エンデバー隊でした〉 〈やられたか。けが人で済んでよかったな〉〈クロキジ隊ってのがこの間全滅したのを見たぞ〉〈動画は削除されました(中の人)〉〈あちらさんも攻勢かけてきてる?〉 今の人、肩押さえて痛がってるけど、演技? それとも同士討ち? 「レベルが13になると、それまでのヒル人間殲滅からギキ討伐にステージがアップするの」 「ギキ?」 「『スレイヤー・V』で上級ヴァンパイアのこと。それをこのゲームでは芸妓の妓と鬼と書い
なんなのこんな夜中にユサのやつ。家に来いってから家のある隣町かと思ったら、青物市場で一人住まいしてるってじゃない。青物市場ったら旧本社の近所っしょ。なんか生臭くさそうで行きたくないんだけど。 車、路駐だけど大丈夫かな。ここらへんコインパーキングないから仕方ないけど。 ここか。すっげー、タワマンじゃん。そういえばここ、「キムタクが住む予定」って噂になったタワマンだ。こんなイナカにキムタク住むわけないのに駅前の一等地にタワマン建つとどこでも噂んなるよね。サーフィンの拠点とか近くに親戚がいるとかまことしやかなディテールがついて。ふーん。エントランスがオートロックで監視カメラ付きなのね。おーいユサ、来たよ(無声)。見えてんのかな、あのカメラ。お、開いた。で、最上階までエレベーターで行って、廊下の一番奥の扉の呼び鈴を押すっと。 なかでドカドカ音がして、ちょとたってインターフォンから、 「今開けるね」 扉が開いて顔出したしたのは、うっすら化粧したユサ。 あんだ? その恰好は。すっけすけのガーゼみたいなの着て。おっぱい見えてんぞ。 「どうぞ、入って」 「おじゃま」 ピンク系のインテリアが鼻に着くリビングに通された。 「ごめんね、急に呼び出して。多分、ヒビキは分かってると思うけど、さっきまでカイチョーがここにいてさ」 なるほど、それで子ネコの写真がひっくり返してあるわけだ。ん? この部屋なんか変な臭いする。あたし乙女だから何の臭いか分かんないや。 「人がシャワー浴びてる間に、あたしのパソコンでインターネット見てたみたいで。カイチョー、開いたページ閉じないでネットする癖あって、帰ったあともそのまんまになってたからブラウザのタブ一つ一つ開いて見てたら、ほとんどがエッチなサイトだったんだけど、その中に気になるサイトがあって」 相変わらずユサの話はグダグダだな、で? 「これ、『スレイヤー・V』をクリアするとアカウントもらえる会員制のSNSで、 『スレッター』 っていう」 だから? 「ちょっと観てみて。なんか調べてるんでしょ。カイチョーのこと」
電話だ。スオウさんから。珍しいな。 「はい。あー、分かるよ。おひさ。まあまあ忙しいかな。うん。シラベが帰って来たんだ。いや、知らなかった。そうなんだ。ひさごで、来週の金曜日に。時間は遅めで。うん。分かった。じゃ」 それにしてもスオウさんは未だに通話オンリーなんだな。女バスでSNSグループ作ろうってなった時、スオウさんがそんなオタクなことするならバスケ部辞めるってなって、結局女バスはいつも電話連絡だった。女バスで集まるの卒業以来か。情報収集できるから今回は行ってみようか。シラベに会うの、気が重いけど。 先週は仕事が忙しくてお休みしたから2週間ぶりのジョーロリ講座。お師匠さんってば、 「いいのよー。真似してくれればー」 って言うんだけど、何言ってんのかが分からないのに、どうやって真似しろっての? 最初の最初に、サワリのところだけ録音させてもらえたけど、それさえ聞き取れてないのに。 録音していいですかって言っても、 「覚えられるわよー」 って許してくれない。だから、全然進まないんだよね。勘亭流みたいな太い字で書かれたテキストも全然読めないし。結局また、テキスト1ページ分も進まなかった。 「ヒビキさんは、いい香りがします」 え? 「取り入れたばかりの洗濯物みたいな」 おテントウさまの香りってやつですか? それは褒めていただいたんでしょうか? 「それでヒビキさん。あの人のことはどうなりましたでしょう?」 「引き裂けたかと」 浮気相手を告訴って話振ったら、あの巫女さん泣きだしちゃって、宮司さんにムリヤリだって。駅前のスイーツ屋さんで、はいはいって感じで話聞いて、パンケーキプリンアラモード食べさせて帰しただけだけど。 「はて? そのような感触はなかったような」 「そうなんですか?」 「あの人に何かあれば、すぐにこの胸に響きますので」 えー、なんかすごい。強い絆で結ばれてる二人なんだ。それなのに、宮司さんってばサイテー。
役場に着いたらミワちゃんから、 「レイカ、あんた何したの? 町長さんに呼ばれてるよ」 ウチが? ウソ。町長室に忍び込んだのばれたのかな。やだなあの、ラブホみたいな部屋に行くの。 「トントン。すいませーん。お呼びだとかー」 「どうぞ」 女の人の声。秘書さんかな。 「シツレーします」 暗い部屋。カーテン閉まってる。外まだ明るいのに。 「こちらの、ソファーに掛けてお待ちください。町長、今呼んできますので」 出てっちゃった。あれ? 制服コレクションなくなってる。ってか、まったく別の部屋だ。フツーに町長さんの部屋。ウチ、この間は違う部屋に入ったんだろか。あー、同じ位置に黒木刀がある。机のバカでっかさも一緒だし、天井は、鏡じゃないな。絨毯は虎皮って、イマドキ。暗くてよくわからなかったからな。 奥の扉がバーンって開いて、すごい勢いで入ってきた背広のおじさん。ウチの前にドカって座っていきなりしゃべりだした。 「お待たせ。いやー、呼びだてしてすまなかったね。アナタの課はトップダウンでアタシが作ったもののひとつだから、なんたらかたら」 すっごいしゃべる、この人。ヒマワリのパパだよね。背高くって痩せてて、ちょっと見いい男だけど、頭がね。こんなにハゲちらかしちゃってて残念。あー、どこかで見たことあるって思ったら、ヒマワリの捜索の時、陣頭指揮取ってた人じゃない。あたしら女バスも助けになりたいって街中の捜索に協力したんだ(青墓へは連れてってもらえなかった)。あの時はたしか辻川助役ってよばれてた。あ、すみません(小声)。お茶出してもらちゃった。秘書さん、顔よく見えなかったけど、お肌真っ白。どこの美白化粧品使ってんだろ。あとで聞いてみよ。ズズー、アッツ。舌やけどした。 「アタシは、アナタの母上とは昔からの知り合いでね。それはお美しい方だった。それがね、あんな亡くなり方をするなんて。ご愁傷様でしたね」 「もにょごにょごにょ」(超小声)。 こういうときなんて返事すればいいのか分かんない。 「とにかく、美しい方でね。アタシが若いころ、まだヤッチャ場で小僧をしていたころだ。腐った菜っ葉にまみれてね」 ヤッチャ